じっと手を見る 働けど働けど 我が暮らし楽にならざり じっと手を見る…って、小学校か中学校か忘れましたけど、国語の教科書に出ていましたね。ど忘れしていたのですが、調べてみると、石川啄木の詩だったようでした。手を見ているというのを、ちょっと手相占いと重ねて考えてみたのですが、もちろんこの詩の中に出てきている人が手相占いをしているというわけではないです。ただ、いくら働いても生活が楽にならないときに、じっと手を見ている状況というのは、たぶん手のひらを見ているのだというイメージがありますが、どうしてだろう、なぜ生活が上向かないのか、と考えながら手のひらを見ているんですよね。なんだか、手相占いが、昔からいま現在においても、利用されている、重宝されている、支持されているということが、少し想像できる感じがします。なにか上手くいっていない、こんなはずじゃなかった、あるいは、今後こうやっていくぞ、といったときに、ふと自分の手を眺めることって、自然にありうることのように思います。自分は出来る、大丈夫だ、と暗示をかけたりするときも、手を見るイメージもあります。手相占いって、分かりやすいところでは、シワがあるかないか、それらの関係性で見ていくものですが、相という文字が使われていることからも、空気というか雰囲気というか、感覚的な要素も含まれているように思います。結構手相占いもスピリチュアル要素が強いような気がしますね。 PR
島田秀平と知らずに手相占い 島田秀平と知らずに彼の手相占いをしている番組を見た人の記事があって、本人には申し訳ありませんけれども、ちょっとクスッと笑ってしまった内容のものがありました。テレビを見ていて、芸人さんが手相占いをしていて、面白い手相の線があるので興味を持って見ていたそうです。話が出てくる、エロ線、カリスマ線、玉の輿線、幸せ婚線…など、これは無いなぁ、それは薄いけどあるぞ、とか思いながら聞いていたところ、KY線なるものが、自分の手相にクッキリと見えたそうです。KY線、すなわち、Kuuki Yomenai線、空気読めない線、てわけです。説明を聞いていたご本人は、ショックを受けたということです。いい線じゃ無いのがくっきり見えるなんて…と。ただ、その後の解説を聞いていると、このKY線というのは、日本人にはかなり珍しくて、5パーセントくらいの人しかはっきりしたKY線がないということだったようです。それを聞いて、珍しい手相線があるってちょっと嬉しいかも…と思ったそうです。私、特別なんじゃんって感じでしょうか。このへん私も共感するところあります。珍しいもの持ってたらちょっと嬉しいって感覚。でもそれもつかの間、喜んだはいいが、それはKY線。空気読め無い線なわけで、やっぱりなんかあんまり嬉しくないや…と括っておられました。何となく可愛くってクスッと笑ってしまった次第です。でも、島田秀平といら無い人でも、島田氏の手相占いは興味を引くというところが、やっぱり面白いんですね。
手相占いはちょっと信ぴょう性かある? 手相占いと言えば、私の場合は島田秀平が思い浮かぶのですが、占い、鑑定の中でも手相ってのは、なかなか真実味があるような感じがするのは私だけでしょうか。(そう言えば、私だけ…?っていう芸人さんがおられましたね)手相って、言わずと知れた、手のひらを見てその相を見て鑑定していくものですけれども、手というのはすごくいろんなところに出て来る気がします。どういうことかというと、手足のように動く、っていうと、何かの道具を使ってまるで自分の体の一部のように作業している様子ですよね。ということは、手はかなり自分の思い通りに動かせるパーツということを表していると思えます。また、小学校のときの国語の教科書に出てきた記憶がありますが「働けど働けど 我が暮らし楽にならず じっと手を見る」という作品があります。ここでじっと手を見ているのは、その人が手相占い師というわけではなくて、手を見て様々なことを考えている様子が想像されます。そんなことを思い巡らせていると、手という部位には、自分でも気づいていない自分のことが表れていてもおかしくないような気がするのです。しかも年齢によっても手相は変わっていくとも言われますし、もちろん年が行けばシワも増えるでしょうけれど、手相が見える人、見えない人がいるというくらいだから、手のシワということ以上に、相というものがポイントなのだと思います。なかなか深くて不思議ですが、身近な体の部位ということで、信ぴょう性が高い占いのように思えます。
2015後半に手相はどう変わる? 2015年後半は、手相占い的にはどうなるでしょうか。占いにはいろんな方法がありますが、手相って、その本人の部位であるので、占いの中でも何かとても具体的なもののように思えます。とは言うものの、手相を見ることができるとされている人は、たぶん手のシワの状態をベースにしつつ、その全体的な関係性を見て、総合的に判断しているのだと思います。手のシワ、と一概に言いますが、いろんな線があって、それも人によって濃い薄い、交差している、平行に走っている、などなど千差万別なわけですから、ふたつとして同じものはないということで、そうなってくると、この手相の人はこうだ!と一言では言い表しにくいものですよね。だからこそ、島田秀平のような、手相占い師が存在するんでしょう。2015年後半に入り、年初と比べて手相的にも変化があってもおかしくないと思います。今年のはじめに立てた計画、掲げた目標やら抱負など、もう一回思い出してみて、2015年後半のスケジューリング、前半の行動の振り返りなどをするにはいいタイミングではないかと思います。そんなときに、島田秀平の手相占いを参考に、自分の手がどういうことを言わんとしているのか、2015年後半の運気的にどうなっていきそうなのか、何てことに思いを巡らせつつ、占いを楽しむのも面白いのではないかと思います。
2015年後半、2015年下半期の運勢を手相占い! 2015年後半、2015年下半期の運勢を手相で占ってみるというのも面白いですね。もし2015年のはじめに手相占いしたことがあるならば、なおさら興味深いかもしれませんね。手相占いは、占うときによって、同じ人のものでも違ってくると言われているので、2015年前半と後半では、この上半期の6ヶ月が終わって、年初となにか変わっているところがあるかもしれません。手相占いに限らず、時間が経過すると、占い、鑑定結果は変化していくものですが、それはその期間中に自分がやってきたことや、考えてきたことの総まとめとしての自分が、今現在の自分であるということを思うと、当然なのかもしれません。ちょうど今日、2015年後半、2015年下半期のスタートの日です。前半に思うような結果が得られている人も、どうもおもったように事が運んでいないなと思う人も、ここらで、2015年後半スタートを新たな気持ちで踏み出すために、手相で鑑定するという試みは、結構面白いと思います。手相は、自分の体の一部ということもあって、私としてはなんだか、占いの中でも現実的といいますか、実質的な感じがするので、頭でも理解しやすい感じがします。また、2015年前半といま現在の手相占いの違いを見ることができたら、この半年にどれだけ自分が思うように過ごせてきたのかなども知ることができるようにも思います。お笑い芸人の島田秀平の手相占いで、2015年後半、2015年下半期のスタートすることで、楽しい半年にしていきますかね!